伝統工芸の旅

会津の本郷焼

戦国時代より300年を超える歴史のある本郷焼。
1593年に領主である蒲生氏郷が薩摩国から瓦工を呼んで鶴ヶ城の屋根瓦を 製造させたのが始まりと言われています。
江戸時代の初期には、会津藩の藩主が、焼き物作りを保護、育成したため、 会津本郷焼は、会津藩の御用窯として栄えました。
その後、一般の器の製造も始まりましが幕末の戊辰戦争や大正時代の大火事等で 打撃を受けました。再び立ち直り、現在も焼き物の生産を続けています。
また、東北では最古の白磁の産地でも あります。

釉薬に「飴釉」

会津本郷焼で使われる釉薬に「飴釉」があります。 飴釉とは文字通り飴色の光沢を放つものです。 この飴釉を用いた陶器が「ニシン鉢」で知られるものです。 古くからニシンの山椒漬けに使われてきました。 また、会津本郷焼は磁器を製作している窯元が多いが、 とりわけ会津藩主保科正之公が弓隊を配し開拓させた集落地である 御弓新田(現在の新町)の唯一の磁器の窯元となった佐竹富太郎の 次男富三郎が明治5年に分家し、富三窯を開窯しました。 4代目富三は、日本原産の花椿をモチーフにし、染付の技術技法とともに 会津焼の伝統を現代に生かすデザインを創案したものです。

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