伝統工芸の旅
会津の漆器
古くは中国に端を発し、日本でも縄文時代前記には作られていたとされる漆器。
漆の木の樹液を紙や木からなる素地(木の場合は、木地)に塗り固めて作られるものです。
ウィキペディアにも記されているように英語で、磁器をchinaと呼ぶのに対して
漆器はjapanと呼ばれたことからも判るように、欧米では日本の特産品と考えられている。
これらは、蒔絵や螺鈿細工などの工芸技術の完成度の高さと無縁ではないだろう。
青森県の津軽漆器から、秋田県の川連漆器、岩手県の秀衡塗、宮城県の鳴子漆器、新潟県の新潟漆器、
東京にも江戸漆器がある。
南は、沖縄県の琉球漆器まで日本全国に漆器作りの文化は存在する。
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福島の会津漆器
16世紀後半に当時の領主である蒲生氏郷が近江国日野から日野椀の木地師と
塗師を招き、会津漆器の基礎を作り上げたといいます。
よくある汁椀、吸物椀・煮物椀、茶托、銘々皿、姫小重、重箱、屠蘇器などを作り、
かつては江戸だけでなくオランダなど海外へも輸出するほどの盛況を見せましたが
明治維新の不況による大打撃の後、復興を果たしたものの、今度はプラスチックなど
安価な石油製品の攻勢を受けました。
最近では、電子レンジで使える漆器の開発や手びねりが出来る漆粘土などを生むほか
車メーカーとのコラボレーションでも話題になっています。
日野椀
天文2年(1533年)城主・蒲生定秀が日野城下町をつくった時、綿向山下に散在して
いた木地師や塗師を集めて。塗師町・堅地町を設け「日野椀」の生産を始めました。
塗師屋仲間の記録によると、蒲生家の城があった頃は、日野椀作りが盛んで、
町の7〜8分の人がこの仕事で生活したと書かれています。
この日野椀も江戸時代の終わり頃になると、日野商人の行商品としての魅力を失った
こと等が原因して残念なことに生産が途絶えてしまいました。 hinowan.com
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